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2007年5月 9日 (水)

ハイサイドライト、そしてナイターの記憶

昨日は午前中、市川市I様邸現場で急な現場打ち合わせが入り、

お昼まで打ち合わせ。

 

棟梁他、電気工事・設備工事が入っており、現場は賑やか。

隣家が迫っているが、吹き抜け上部の隣家屋根越しに

大きなハイサイドライトを設けているので足場が架かっている状態でも

一階の奥まで非常に明るい。

これなら1階でも日中に照明をつける必要はなさそうだ

市街地だと1階は暗くなっても仕方がないと諦めがちだが、

お施主様とのお打ち合わせで、少しのデメリットを覚悟で

思い切って吹き抜けを設けて正解だった。

お施主様も喜ばれていたので、一安心。

 

 

夕方、知人のお見舞いに都内の大学病院まで車で向かう。

僕が高校生の頃から知っている方である。

数年前までかっぷくが良く元気一杯だった方だが、

働き盛りの50台前半で、難病に罹り、長期入院。

奇跡的な回復力で復活され自宅療養されていたが、

2ヶ月前に体調を崩しまた入院されていた。

 

古い病棟を迷路のように歩き、病室へ。

丁度5ヶ月振りにお会いした。

すっかり痩せてしまっていたが、しっかり話も出来た。

 

嬉しかった。

 

脚が弱ってしまい、毎日リハビリなのだと言う。

僕は話を聞いているだけで、

あまり僕から言葉をかける事が出来なかった。

 

でも、明日には市川の病院へ転院するので、

『それでは、次は市川でお会いしましょう!』と

病院で合流した母と一緒に病院を後にした。

 

車に向かう途中、

神宮の森に近い病院なので、どっぷり日は暮れているが、

病院の少し先の夜空が明るく、時折歓声が聞こえてくる。

 

あぁ、そうか。プロ野球をやっているんだ。

小学生の頃、新聞屋さんからヤクルト戦のチケットをもらい、

何度もY君と一緒に観に行ったっけ。

・・・なんて事をぼんやりと思い出した。

 

あれから30年。

外野自由席から、応援団の威勢の良いトランペットの音色を、

嬉しそうに観ていた、

小学校の鼓笛隊で主席トランペッターだったY君は、

今では北陸地方の交響楽団で主席トランペッターだ。

 

歓声と応援団のトランペットはこの病棟まで届いて

いるのだろうかと、ふと思った。

  

時間は確実に流れている。

 

母を後部座席に乗せ、僕は病院を後にした。

 

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